行動や言動にはその人の「人となり」が表れる。そしてその人が使う道具にも、それは如実に現れるものだ。組合の理事長を何年も続けているI社長は、常に薄茶色のカバーが目印のリングノートを持ち歩いている。大きさはA5だろうか。自分が取材される側であってもそのノートを必ずデスクに広げ、何やら記録している。柔和な会話の中にも、無責任なことは言わないように不明瞭な点は調べなおしてから連絡してくれる。その誠実で正確な仕事ぶりはノートの使い方にも表れている。その日に得た情報はただこの1冊にとどめる。スケジュールや製品の番号などは持ち帰り、PCでそれぞれの専用アプリに転記するというのがいつものスタイルだ。
一方、ペンには特にこだわりはないようで、ワイシャツに無造作に突っ込まれたボールペンや、時にはスーツの内ポケットに入っているサインペンなどで書き留めているようだ。若いころは着用できたはずの社の制服も年齢を重ねるうちにサイズアウトしてしまい、体形もすっかり変わって着ていた上着が入らなくなってしまった。制服の腹回りが少し窮屈になった頃には社内での役付けも変わり、制服で居ることができなくなってきた。制服にはペンを何本か差し込めるマチ付きの胸ポケットが付いていたし、ペン先が出てポケットにインクや顔料が染みても平気だったのだが、周囲が制服姿でいることをなんとなくよしとはしなくなってきて、気づけば彼はワイシャツにスーツで居ることが多くなった。体臭に気遣いを見せなければならない今の時代、スーツのブランドに加え身にまとう香水にまで気を配るおしゃれな社長が多い中、彼は清潔ではあったが、どちらかと言えば飾り気のない「普通のおじさん」だった。ただ、いつも携帯するノートはマルマンの「スパイラルノートベーシック」だった。

「社長インタビュー」ではたいてい、インタビュイーの前には部下が用意した資料と相場が決まっている。そのため、メーカーでもないのにいつも同じノートを携帯するのは珍しかったし、私が使用しているノートと酷似していることも目を引いたので、思い切って理由を聞いてみた。聞けばこの業界では将来を約束された彼だったが、仕事を覚えるために選んだノートが学生の頃から使っている件のノートだった。学生の頃からノートはマルマンスパイラル一択で、科目ごとにノートを用意するのではなく、一冊に集約していた。その日のうちの板書を科目ごとにページを替えてこなし、復習したら破り捨てるというのがスタイルだったらしい。ノートはリングで半分のサイズにし、リングを左手側に置いて、右側のノート部にしか文字を書かない。ノートの左側は復習のときに使う。板書した内容でわからなかったことや数式などを自分で調べ、それを書き記したりしていた。
仕事の現場でも同じような使い方で対応した。駆け出しのころは製品ごとに異なる複雑な品番や品名、どこに使うのかなどを大急いで書きなぐり、発注の際、専用PCで書き留めた数字や品名を打ち込むのだ。書き間違いや勘違いなど不必要な情報まで盛り込まれているノートの走り書きを持ち帰って精査しながら正確に盛り込むことができたし、PCで清書したからこそ製品や使い方、設置のしかたなども覚えていった。長年続けているうちに、現場に立ち寄れば、何が必要とされてくるのかもわかるようになった。そうして得た知識は顧客にも披露できるようになった。
ノートの使い方は徐々に進化し、書き留めるものは品番や品名だけはなく、職場の問題点や改善点や突然入ったアポイントメント、ふっと思いついたアイデアに話している中で感銘を受けた言葉や短いセンテンスなど、多岐にわたるようになった。いつも右側にのみ情報をライブで書き込み、必要がなくなれば破って捨て、大切な情報は見返した時に余白となっているノートの左側に、いろいろと調べたことに加え、その時に浮かんだ様々な思いを書き込み、時にはそれを取っておくこともできた。



スパイラルノートベーシックはノート部が厚くなってもスムーズにリング部で二つ折りできるよう、リング部の穴が楕円になっている。 マルマン本社にある販促用のビッグスパイラルノートではそれをはっきりと確認することができる。
彼のこうした使い方にスパイラルノートベーシックはうってつけだった。ノートのリングは非常に丈夫で、無造作に紙を破り取ってもリングが曲がったり伸びたりすることはない。さらにペンを選ばないところも大きな利点だ。ペン先が引っかかることなど一切ない上、インクの裏写りがないため、右側しか使わない彼にとっては左側の余白部を古い情報に惑わされることなくその余白を自由な思索の場にできた。ただ一つ気に入らなかった点は、破り捨てた情報の残骸(ノートの綴じ部)が、一部リングの中に残ったりすることだった。もともとスパイラルノートの紙は良質なので、切れ端がリング内に残ることはあまりなかったものの、それゆえに切れ損ないのようなものが几帳面な彼にはとても気になっていた。そのストレスもまたあるときから無くなった。いつの頃からかノートに切り取り用のミシン目が入り、切りそこないから解放されたのだ。むしろ切り取り線で切り取った個所が過去ログとして取って置けるようになったのだ。整理済みの情報がそこにあったことを示す切れ端は彼にとってかなり画期的だった。何も記されていない箇所に、彼だけが知る情報と彼の仕事の足跡があったからだ。

スパイラルノートが本格的に販売されたのは1961年。スパイラル機を導入してリングノートをマルマン社が業界初で発売(1960年)した翌年のことだ。ノートに切り取り用のミシン目が付いたのは同社の「セプトクルールノート」(2003年発売)が初めてだという。そのアイデアをベーシックシリーズにも展開していった。
知らぬ間にミシン目が付いたり、ノートの厚さが倍になったりしていても、使い勝手の変わらないスパイラルノートベーシックは、社長になった今も大切な相棒のようだ。現場に立ち寄り、現場の臨場感をとても大切にしている社長にとって、なくてはならない必需品なのだ。歳を重ねるごとに使い方も円熟した今、人前で使っているところを見られるのは少し気恥しいところもあった。社員の中には彼よりも年かさの社員もいて、彼がいまだにそれを使ってのスタイルを崩さないことをほほえましく感じている一方、それが彼の人徳であるとも教えてくれた。初心忘れるべからず、ということか。
同業の社長仲間の中にはビジネスの現場にふさわしい色というものがある中でそれに乗り換えることもなく使い続ける彼を、愛情をこめて“丁稚”とからかう人もいる。スパイラルノートベーシックを見ると彼を思い出すと語ってくれた人もいた。新人の頃の彼を思い出させるベージュ色の表紙のノート。それもまたいつの日か解消されるだろう。150ページという分厚いノートに加え、重厚感やビジネスシーンを問わないモノトーンカラーのノートがラインアップした(2025年11月)のだ。

これに加え、スパイラルノートベーシックが2026年の日本文具大賞のグランプリを獲得したことを伝えると、なんだか自分事のように喜んでいた社長の姿があった。記者としてはそれを見た時、ビジネスラインのスパイラルノートに替える社長の姿は思い浮かばなかった。

グランプリ受賞の瞬間
取材協力
マルマン株式会社
住所:〒164-0011 東京都中野区中央2-36-12
URL:https://www.e-maruman.co.jp/

公式キャラクター「図案さん」と「クロッキーツインズ」


