安西水丸が長い旅に出てから7年、久しぶりに東京で、ふたたび出会えた気がしました。彼の作品は今も変わらず、都会の洗練と故郷の温かさが混在している。今もどこかで彼はペンを走らせているのではないか……そんな不思議な思いがこみ上げてきます。
2021年9月12日、会期延長となった「イラストレーター 安西水丸展」には多くの人が訪れていました。世田谷文学館・通称せたぶんで、安西水丸を見る意味について考えてみます。
安西水丸について
安西水丸は1970年代から現代まで活躍したマルチクリエイターです。それまで国内外の大手広告代理店でアートディレクターとして研鑽を積んできましたが、1971年の平凡社への入社をきっかけにその才能は多方面で大きく開花します。
彼と同年齢の嵐山孝三郎との出会い、その後、本の装丁などを通じて長く親交を深める村上春樹との出会いがまさに70年代でした。
本展ではアートディレクター時代の広告作品をはじめ、幼少期からの“描くこと”と“書くこと”への深い思いがうかがえます。また、彼がすでに中学生時代にイラストレーターになりたいという思いを胸に秘めていたことが、彼の執筆物からの引用で紹介されています。
イラストレーター和田誠に焦がれた高校時代、和田とはその後、イラストレーターとして二人展を毎年のように開催するほどの深い親交を結びます。安西の没年も、当然のように開催された展覧会AD-LIB⑦のこと、あこがれの人でありよきライバル、素晴らしき先輩で友人だった和田誠との親交も、二人の共同作品によって知ることができます。
その和田もまた、2019年に鬼籍に入りました。
職業はイラストレーター
安西水丸は、そもそも本名である渡辺 昇(わたなべのぼる)のクリエイターネームです。マルチクリエイターとしたのは、彼のその多才さから。デザイナー、イラストレーター、漫画家、小説家、エッセイスト、童話作家……とその肩書は多岐にわたり、どの分野でも彼は比類なき存在でした。むしろ安西水丸こそが渡辺昇の肩書と言った方がいいかもしれません。
本展では「イラストレーター 安西水丸」をテーマにしています。イラストレーションこそが彼のライフワーク、言い過ぎかもしれませんがライフそのものなのかもしれません。
というのもそれなしでは彼は決して語れないから。その原点は幼少期から続く“描くことが好き”という衝動であることも、展覧会では知ることができます。
装丁画
本展では特に装丁を通じての彼の作品群が非常に目を引きます。自身の著書をはじめ、さまざまな作家の著書に対する装丁作品を一挙に取りそろえていました。
ジャケ買い、パケ買いという言葉にある通り、外観の見た目で購入率が変わることはあるでしょう。安西の作品はまさにそうした購買行動を見越しているかのようです。
部屋の中に本が無造作に置かれていても、その1冊の装丁画が部屋の空気を決めてしまう。そんなアート作品としての力が彼の装丁画にはあります。
装丁画を描くとき、安西は必ずその著作を読み、自分なりに著作への想いを深めて装丁画に対峙していたといいます。
彼が最も大切にしていたことが、彼の言葉の中にありました。
「装丁の場合ぼくが一番気にかけていることはデザイン過多にならないことだ。本はあくまで著者のものであるという考えをもっているからだ。……」
安西自身が“書く人”であったことは装丁画を描くうえで非常に大きかったのではないでしょうか。自身の持つイラストレーションの魅力が、作家の著作の魅力をより一層引き立てることこそ、彼の装丁画のこだわりだったのだと感じます。そうした装丁画の勘所を、自身が書くからこそわかっていたのではないでしょうか。
現代作家はもちろんのこと、文豪作品、クラシック作品に対してもそれは同じでした。
彼の仕事ぶりはとにかく真摯で誠実。かといってとがりすぎて理解されなかったり、誰かを傷つけてしまうような、そういった類のものではなく、ただひたすら“絵を描く”ことの喜びを、装丁画を通して追求しているような感じがするのです。
村上春樹との交友
安西水丸を語るうえで、村上春樹の存在は欠かせません。村上との出会いは彼のイラストとデザインを大きく成長させ、童話作家という新たなフェーズを生み出しています。
彼自身、村上春樹と安西とはごく自然に友達になり、そのまま仕事も一緒にするようになり、自由にさせてもらっていると語っており、折に触れて村上との仕事のしやすさに触れています。
「村上さんの文章は非常に絵にしやすいですし、自由に描かせてくれる」
互いを深く知り、互いの間(ま)を分かり合った関係だからこそこうしたアート作品を生み出すことができるのだと感じました。
また、2016年安西の没後に開催された本展覧会のカタログに寄せられた村上の言葉は、安西とのつながりの深さを物語っています。
「この世界には水丸さんしか埋められないスペースがけっこうあったのだなということだった」
多くを語らずとも分かり合えるものが作家とイラストレーターとの間にはぐくまれ、しっかりとした礎となっていた。だからこそ彼らの作品は2021年の今も色あせることなく、現代の私たちを魅了し続けるのです。
好きなことで人生を埋め尽くせ
本展では安西水丸の2つのアトリエから、彼が愛したインテリアや小物、愛用したペンやノート、カメラなども展示されています。
特に彼が愛した小物や郷土玩具はたびたびイラストレーションにも登場するほど。安西水丸という人は、自分の好きなことに関しては本当にまっしぐらに突き進む質(たち)だったようで、愛着を感じたものを子供のように欲しがるそのひたむきさに心を打たれるとともに、いささかうらやましさを感じます。
才能と時代、交友関係のどれ一つをとってみても、彼の愛したもの、好きなものに彩られている。彼の穏やかで誠実な人柄が、自然とそういった人たちをひきつけ、環境を作り出しているのかもしれません。ある種、彼と同じ世界観を持つ人たちが彼のもとに集い交流を温めたように、がむしゃらに好きなことを求道していけば、自然と道が出来上がり、世界が広がっていくものなのかもしれません。
おわりに
本展は2016年開催の巡回展「イラストレーター 安西水丸展」の東京での展示会でした。世田谷文学館での開催はその集大成と言えるもので、公式カタログもせたぶん会場限定カバーがかけられたものです。
描くことにも書くことにも自分なりの強い信念とこだわりを貫いてきた彼だからこそ、東京での開催が世田谷文学館に選ばれた理由なのかもしれません。なぜなら、せたぶんは「文学を体験する場所」だから。
彼の急逝からはやくも7年が経過しました。なのに、いまだ実感としてわかないのはなぜでしょう。もしかしたら、その作品の持つライブ感からかもしれません。陳腐化しないのは、それこそ稀代の才能の持ち主だったから。後にも先にも、安西水丸は安西水丸以外、誰もその場所を埋めることができないのかもしれませんね。
展覧会情報
イラストレーター 安西水丸展
公式サイト https://www.setabun.or.jp/exhibition/20210424-0831_AnzaiMizumaru.html
主催 公益財団法人せたがや文化財団 世田谷文学館
開催場所 世田谷文学館
住所 〒157-0062 東京都世田谷区南烏山1-10-10
会期 2021年4月24日(土) ~9月20日(日)
開館時間 10:00~18:00※展覧会入場、ミュージアムショップの営業は17:30まで
休館日 毎週月曜 ※ただし5月3日・8月9日・9月20日は開館、5月6日・8月10日は休館
料金 当日 一般 900円(割引720円)/ 65歳以上・大学・高校生 600円(割引480円) / 小・中学生 300円(割引240円)/ 障害者手帳をお持ちの方(ただし大学生以下は無料)400円(割引320円)
※割引料金は20名以上での団体割引と「せたがやアーツカード」の割引料金です。
※障害者手帳をお持ちの方の介添え者(1名まで)は無料になります。
※各種割引については、手帳など証明できるものをお持ちください。