2024年6月23日、銀座にて。

羅久井ハナさんと作品たち

個展「窓を開けて」から2年、その人の姿が銀座にありました。

リノリウム版画家、羅久井戸ハナさんの個展「うつくしいひととき」銀座月光荘画材店 画室2で6月17~30日の日程で開催されました。今回もオープン前の忙しい時に時間を頂戴してインタビューしました。

 

――「うつくしいひととき」のタイトルに込めたメッセージやストーリーを教えてください。

羅久井:東京での開催は2年ぶりになりますね。ギャラリーを予約するのは大体、前の個展の後に次の個展のことをやっと考え始めるので。この直前の2023年9月に京都での個展の後、次のギャラリーはどうしようかなということでブッキングしたので、1年以内にブッキングしたことになりますね。

私は2年連続して同じ会場で個展を開催しないようにしているんです。いつも来てくださる方、特に東京近辺は多いので、場所を変えたほうがいいかなと。

 

――連続して同じ会場で個展を開催しないのはなぜですか?

羅久井:画廊自体とか、まち自体を楽しんでいただきたい、ということで。結構、画廊の雰囲気とかまちの空気自体が作品にも、私がちょっと寄せていくようなところもあるので。季節とか。6月だな、とか、銀座だな、とか。展示の設営にもすごく、展示の空気が出てくるので。

入れ物が変わったらすごく新鮮で、今回も2年前と同じ絵を飾っているんですけれど、飾る場所、日の光の当たり方が変わるだけで絵の雰囲気が変わる。それこそ、スポットライトが当たると変わるみたいで。

ギャラリーを訪れる方の中にはリピーターの方もいらっしゃるのですが、2つの画廊に共通して展示している作品のうち、前回とは違ったものに注目してくださったり、前も展示しているけれど、そこまで注目されてなかった作品にすごく目を留めてもらっていたりするのを見ると、やはり設営がすごく影響している気がすると思って。そういう事もあって、同じ場所で展示するのはちょっと間隔を空けています。

今回は、月光荘でも画室が違うので、だから2年ぐらいの間隔でもボリュームも違うのでいいかなと。何より私は月光荘さんが好きだから。ここで個展を開くのは慣れていて、安心感があって。

 

――月光荘ギャラリーとご縁が深いように見えますが。

羅久井:ここは私が駆け出しの頃から親切にしてくださっていたので、居心地良いんです。キュレーションしているギャラリーではなくって、貸し画廊としてレンタルできる方は幅広くウェルカム。ギャラリーフィーをお支払いすれば大丈夫。それで、さらにアーティストを画廊側の意向で選別するということをしないんです。そこが好き。

私自身がアマチュアから出てきた人間なので、こういう場所なのに、チャンスを惜しげなく与えてくれるというか……。叩いて磨いてやってきた人間なので、画廊で展示するという大きなチャンスがいろんな人にある、そういうフラットなところが画廊のムードにも出ている気がします。温かさというか、包容力というか、そんな感じがするんです。

 

――月光荘ギャラリーの持つ空気感全体が気に入っていらっしゃるのですね

羅久井:そうですね、好きです。銀座で画材店を100年以上やっていらっしゃるから、その重厚感もあって。若いころからのあこがれでしたし、今もとても好きです。

 

――今回の個展に向けて特に作った作品というのは?

羅久井:ギャラリーに入ってすぐの左側の壁は9割ぐらいが新作になっています。あと、少し1年以内に作った作品、京都で出した準新作にあたるものが数作あって、それは東京では初めて展示するものです。

装丁の仕事を紹介する空間。まるで祭壇のようだ

結構新作があります。後は右下にエディションの年号があって。制作年が書いてあります。刷り増しした年とか。あまり展示に出した回数が少ない版画も出したり。今回、ボリュームがたくさん出せたので、いい機会だと思って、初めて来た方にも一から観ていただけるぐらいの内容になっているんじゃないかと。

 

――今回の個展はリノリウム版画作家として自立した個展だと思うのですが、それについてどう思いますか?

羅久井:そういうふうに見えているという自覚はなくて、自分としてはこの画廊の広さで持っている作品をどう展示するかという事で頭がいっぱいで。サイズ的に画廊にふさわしいか、ちょうど良いか。壁が余ったりしても困るし、足りなくても困るし、とか。

そのサイズ感と自分の展示したい内容がちょうどいいか、作品たちの出来映えがどうか、に腐心していました。

ハンコの展示もギャラリーの一角に設けた

もっぱらマネジメントが気になるのですね。画廊の持つ雰囲気がこれまでの作品と最新の作品に合うかどうか、与えられた展示期間の季節感や場所と作品が合うかどうか。会場へのアクセスとか。

 

――今回の個展への意気込みはどうでしょうか

羅久井:東京・銀座の月光荘でそこはやはり私にとって特別な場所なので、原点回帰という意味もあります。新しい作品とモチーフにチャレンジしていることは絶対でした。ギャラリーに足を運んでくださるお客様に新鮮に観ていただきつつ、私自身も新鮮な気持ちになりたいと思っていましたし。これまでの羅久井ハナをアップデートしたいな、という気持ちで臨みました。

毎日新聞の連載が終わったのが2023年3月だったんです。毎日新聞の中であった制作期間とかあの形式で、そういった制約とか、あとは記事の内容に合わせるということに全力を尽くしていたので、そういった記事有りき、記事のテーマ有りきのスタート地点というものが無くなって臨んだ個展が今回でしたので、大きな後ろ盾から巣立ちした気持ちで臨みました。

 

――制約が全く無くなった中での創作活動となったのですね?

羅久井:そうなんです。じゃあ、何、作りますか?となった時、自らに個展に向けたお題を自分で出す。自分でミッションを出すという時に、何を作りたいかなっていう事を考える事から制作時間が始まっているんだと思ったのです。

そうなった時、最初にあるのって、多分、目の前の暮らしで。身の回りの自然があって、何かしら私の中の個人的な出来事があって。それは例えば好きな景色が目に留まって、とか。そういったところから集めていって、インスピレーションを拾い集めていって、作品にしていくという感じなのです。

 

――心象風景というのはまず目の前のところから始まるわけですね

羅久井:そうですね。暮らしの中から。自分の目に留まったものを、改めて意識して。今回、6月の展示なのか、なぜか植物に目に留まって。制作期間が年明けからゆっくり始まっていったんですけど、徐々に植物も成長していく様子とか庭に植えたものが新芽を出してとか、初めて実を付けたとか、花が咲いたとか。事象の一つ一つにすごく喜びを感じて。一つひとつ、すごくゆっくり喜びを味わう時間があって

毎日の暮らしって、別に美しい事ばかりじゃなくて。我慢とか悲しみとかいろいろあるじゃないですか。でも、その中にもやっぱり、結構一生懸命生きていると、そういった我慢も美しいなとか。美しい悲しみだな、みたいな事も。避けられない事も。避けられないけどっていう、そういう事も含めて充実みたいな。良い事だけあったら充実してるんじゃなくて、そういった事を感じて初めて充実しているんだと。

インタビュー中の様子。質問事項に丁寧に答える羅久井ハナさん

 

――これまでとは一線を画した雰囲気の版画が増えたように感じます。

羅久井:これまでの版画は目に見えないものやカタチにしにくいものを形にする事が多かったと思います。今回の個展では違いますね。結構、大きな分かれ目になったクライアントの仕事がありまして。それが去年の7月に納品した作品『上高地の春』です。

あんずクリニックホームページのトップを飾る「上高地の春」

私の友達のご主人が病院を開業する事になって、ホームページをありがちな「ザ・病院」にしたくないという事でご相談があって。クライアント様は私のことを身近に絵を描く妻の友人、という認識だったようで、ロゴや形式にとらわれず自由にやってもらいたかったようなんです。編集の方だと先に作品のアーカイブや過去作品・経歴を見て、「この人はこういう絵が強みだから」ということで仕事をお願いする。過去の仕事ありきで仕事を依頼すると思うのですが、まったくそういう事もなく、「ありがちなHPにしたくない」という思いでご依頼されたのだと思います。実は私、風景画を描いた事がないんです。美術をアカデミックに勉強していないから、授業でもそういうこと何一つ通ってきていなくて。

まるっきり初めてだったんです。でも、絵が描ける人なら割りとどれも何でも描けるんだろうってクライアント様は思っていたみたい。そういう気軽なところ、あったんじゃないかなって思っています。

当時を振り返り、朗らかにほほ笑む

私にはそれがすごく新鮮でした。何にも縛られずに「この絵が欲しいんだ」っていうのがすんなり気持ちに入り込んで来て。

 

――サイトをデザインするのではく、純粋にハナさんの描いた絵が欲しいということに?

羅久井:最終的にはそうですね。制作条件は私にお願いしたいっていうのと、自然の風景。クライアントさんによれば、自分は上高地の風景が好きでという事を打ち合わせで聞かされたのです。私はもともとそういうオーダーは受けていないし、そういう事はやっていないんですっていう気持ちにも全然ならなくって。いいですよ、お引き受けします、と。やってみたいなって素直に思ったんです。

 

――初めての版画で風景を描くにあたり準備や取材もされたのですか?

羅久井:最初、どうなっちゃうだろうなって思ったんですけど、とにかくやってみようって思って。だって、版画ってやっぱり古典的には葛飾北斎とか風景画の達人がたくさんいて。それを自分だったらどうしようかなっていう。その人たちの景色と違う、私のアウトプットする景色を生み出すんだって。大きなチャレンジをする事になったと思います。友達のご主人だし、責任重大だったんですけど。時間も掛かりましたが、すごく楽しく取り組ませて頂きました。

エポックメーキングとなった「上高地の春」とともに。今回はギャラリーのエントランスすぐ近くに設置

上高地は行った事があったので、心のスケッチはできていたんです。その時も雄大さに感動したし、実際描こうと思ったところが行った事がある場所だったのは幸いだった。それで山並みや植物、植生をどう描き分けようかと。

 

――風景画の季節は指定されていたのですか?

羅久井:そうです。後は水面をどう表現しようかとか。本当に一つひとつ、風景画を自分だったらこの風景を、みんなが知っている、行った事があるかもしれない有名なこの景色をどう絵にしようっていうのを版分けしながら考えて。版画の場合、描きながら版分けを考える事が重要になってきます。

そして、自分で言うのもなんですが、出来上がってみたものがとても良かったんです。

自分でも、とてもよくできたなっていう、やり切ったな、出し切った。とりあえず力を出し切ったし、素晴らしいものになったんじゃないかっていうのがお客さまのリアクションからも。フィードバックから、これはすごくいいものができたんだって実感が湧いてきて。

 

――ハナさんのエポックメーキングとなった「上高地」の反響をお聞かせください。

羅久井:一応、一点物で製作したのでどの会場でも非売にさせていただいているんですけど、京都での展示でそれは確かなものになりました。それが大きな分岐点になって、作風が大きく変わったと思います。これまではもうちょっとファンタジックな絵だったけれど、身の回りのものをよく見て版画に落とし込んでいって、そこに少し今までの自分に合ったエッセンスを足す事で面白いものになるのかなって思うようになったんです。

 

――羅久井ハナというアーティストのエッセンスという事でしょうか。

羅久井:アーティストのエッセンスというのは面映ゆくてどうかと思いますが、風景画は誰もが描くモチーフだからこそありきたりになってしまうところがある。それを少しでも自分らしくという事をどこかで意識しつつ、その目の前の風景とか親しみのある建物とかを描くと自分もおさまりが良いというか、落ち着く感覚があって。

そうした感覚を楽しみながら一点、一点は時間が掛かるけれど、新作の数は10点ほどでそこまで多くはないですけど、納得しながら作り上げてきました。

 

――新作の一つひとつにストーリー性もあって味わい深いですね

羅久井:そうですね。そう言っていただけると嬉しいです。

植物を、それも全部上高地が基点になって、植物ってこんなに描き方がいろいろしないといけないんだ、色もこんなに違って、光の当たっているところと影とで最低でも2~3色使わないと表現できないっていう事に気づき、だんだん意識して植物を見るようになっていきました。

どうやって描こうかなと思いながら街を散歩したり。この絵になるから、こういうふうにしようかなとか、いつも植物を見ているうちに、新芽が出てきて「わあ、かわいい」みたいな感情がわいてきたり、「こんなに色が違ってきれいなんだ」と、四季の移ろいと共にそういう変化もすごく楽しみながら作り上げてきました。

そして今回の展示では、6月に開催することに照準を合わせて、モチーフを選んだりしています。夏が近いなとか、そういったところで。DMをそろそろ作らなきゃ、というタイミングで自分の中で1番できが良かったのが『川遊び』でした。

自分の中で一番ぐっと胸に迫ってきた作品、「これだ!」という、これはいい絵になるぞっという予感もあったのです。

今回の個展のポスターにもなった「川遊びのたのしみ」

 

――前回のインタビューの時より、随分と余裕が感じられ、以前よりさらに自己分析も鋭くなっているように思います。

羅久井:必要なものが見えてきたようなところはあるかもしれないです。モチーフの選び方というのも、年の功もあるのかもしれなくて。まなざしの変化みたいな。毎日ご飯が食べられて、家族が帰ってきて。その暮らしがやっぱり最初に安心とか我慢とかもありますけど、今も。そういう暮らしがまずあるよなっていう。それも年の功、自分の年齢と共に落ち着いた、みたいな。

 

――次の個展に向けて、感覚を養うために特に関心を持っていたり、やってみたいものなどありますか?

羅久井:展覧会も「これは、」と思ったものは行くようにしています。最近行ったのは、マティス展です。技法は全然違っていましたが、版画もやられていたらしく。デザインがやっぱりバランス感覚が素晴らしいので。大胆なのに、作品の大きさもとても大きいのにバランスがいい。それに、キルティングもデザインしていて。

私、パッチワークに興味があるので、まだやっていないんですけど、自分の絵をパッチワークで、タペストリーにしたいなと。それでマティス展に行ったら、巨大なタペストリーがあって衝撃を受けました。いつか絶対に自分もこういったものをやってみたいなって刺激を受けたりして……。

 

本は最近は読んだのは何だったかな。時々、ずっと家にある詩集をぱらっとめくって読み返したり。永井宏さんとか。

川瀬巴水の画集が好きで、川瀬巴水の風景画は見ました。参考にするというより、版分けをいくつでやっているかなとか。これとこれは同じ別の版で、ここは何版ぐらいかなとか、想像しながら。細かさのレベルも違うんですけど、そういうのを考えて、自分の絵に差し込みやすくなるというか、飲み込みやすくなるので。どういうことができるか想像する力をくれるので。そういうのを見たりして。

版を何回に分けるかを考えながら作品の構図を作っていく

やっとそういう勉強の仕方が見えてきました。私は美術を勉強してこなかったんですけど、だんだん勉強っぽくなってきたような気がします。これまでは何となく好きだから選んだとか、そういう気持ちになったから描いたとか、結構、フィーリングが大きかったんですけど、今の作品や制作では、もっとテクニカルな部分を今鍛えているかもしれないです。デザインとか、技法とか。これまでとはちょっと全然違う感覚な気がします、考えている時に。見え方、描き方だけじゃなく、見せ方も含めて。

 

――本日は貴重なお時間を頂戴し、誠にありがとうございました。

 

インタビューを終えて

個展前はアスリート並みに体力を使うため、しっかりした食事をとっても痩せるとお話していた羅久井ハナさん。いつにもましてほっそりとしたシルエットが、個展の空気感と相まって独特な、それでいてとても居心地の良い、なぜか懐かしい世界観をかもしだしていました。

 

個展のたびに新たな一面を見せてくれる彼女。次回の個展もまた懐かしくて新しい風を吹かせてくれるに違いありません。

羅久井ハナ 版画家・イラストレーター

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