版画家 羅久井ハナ 独占インタビュー

2022年3月28日から4月10日、銀座にある月光荘画材店 画室1で、羅久井ハナの個展「窓をあけて」が開催されました。

本展は、個人で開催するのは3年ぶり、そしてリノリウム版画家を冠しては初めての個展となります。鬱々としていたまん延防止期間をようやく抜けての開催に、ギャラリーには彼女のファンをはじめ多くの人が訪れていました。

消しゴムハンコ作家からリノリウム版画家へ

個展開催中も新聞掲載用の版画製作など忙しい彼女に、本展についての思いや今後の活動について、インタビューしました。

個展の全景

リノリウム版画とは?

彼女をアーティストとして決定づけているリノリウム版画とはどんな手法でしょうか。

リノリウム版画(リノカット)とは、版画用のリノリウムシートに専用の彫刻刀などで施す凸版法による版画のこと。彫り方や彫刻刀の形状など、木版画と手法は似ていますが、リノリウムは版材として木よりも柔らかいので彫りやすく、油性インキとの相性がとてもよいので広い面をむらなく刷れるなどの特質があります。

 

その加工性の高さや特性を十分に生かせるものとして多色刷り版画やデザイン版などに用いられることもしばしば。ピカソもまたこの手法に魅了された一人で、リノカットによる作品を発表しています。

版画類のブース とても静かな空間だ。

今回の個展では彼女のライフワークともいえるリノカットハンコのブースと、新進の版画家としての立ち位置を確立したリノカット版画のブースの2つで構成されています。

個展のタイトルである「窓をあけて」は、奇しくも毎日新聞で連載している元村有希子編集委員のコラム 「窓をあけて」と同じ。元村氏は「理系白書」の報道などで第1回科学ジャーナリスト大賞を受賞するなど、科学コミュニケーション活動で名を知られるジャーナリストです。

代表作と一緒に

この連載での版画製作によって彼女の名は大きく世に知られることになりました。その功績はillustration No230号で、「五人の版画家」の一人として認められるほど。実際、元村氏のコラムでは「版画家」として紹介されています。

個展では彼女がフィーチャリングされた雑誌も手に取ることができる

 

版画家 羅久井ハナが生まれた日

――「版画家」を冠しての個展は初めてになりますか?

羅久井:正式にそういうふうに堂々と名乗るようなスタイルでは初めてです。版画の展示自体は2017年からですが、毎日新聞での連載が始まるにあたって一行だけ挿絵のご紹介を頂けるところにつけていただいたことがきっかけでした。

リノカット版画を展示した個展開催の翌年に、元村有希子さんの「科学のミカタ」という本の装画のお話があってお仕事をしました。

デザイナーさんが結び付けてくれたご縁で、元村さんもそこで初めて私の作品を知るという感じでした。本が出来上がってから元村さんとは対面を果たしたのです。

――毎日新聞のコラムでの挿絵についてお伺いします、きっかけは?

羅久井:2020年の新聞連載のイラストの際に、お声掛けくださったんです。元村さんからご指名いただいて。

もともと、「窓をあけて」という連載自体は絵が入らないスタートだったんです。それが一年間ありまして、元村さんのコラムが好評のため、文章量も増え、絵を入れることになったのです。それが2020年だったのですが、「絵をぜひお願いします」と。それも「線画の絵じゃなくて版画のテイストでお願いします」ということをお願いされました。

――リノカットで制作を指定いただいたのですね。

羅久井:新聞はもともと活字がほとんどで、活字自体がカリカリした細い線が多いため、細いイラストレーションではなく版画を希望されたのだと思います。それまで連載を版画で持つことがなかったので、本当に大きな場所をいただいたのだと感じました。

コラムに版画による挿絵を入れる開始したとき、「絵の欄外に何度かに一度、字数は少ないですが、羅久井ハナさんのプロフィールを載せます」とおっしゃっていただいて。10年来の癖で自分の肩書として慣れ親しんだ「ハンコ作家 羅久井ハナ」と書くのが常だったのですが、元村さんは「ハンコと版画はかぶるから、版画作家・羅久井ハナね」と、さらっとおっしゃったんです。

――版画家 羅久井ハナの誕生ですね。

羅久井:新聞の限られた字数の中で、編集者のペンが動いたものなのですが、客観的に『そうなんだ』と自覚したというか。「あ、そうか。私はもうハンコ作家というか版画作家で、大は小を兼ねてということ、ハンコもまた小さな版画なのだ」というのを明確に理解したというか。自分の中では大きな衝撃でした。

ライフワークともいえるハンコ作品群 。個展ではほぼ最新作が展示される。

羅久井:ハンコのことは小さな版画っていう捉え方をして、今は会場でもハンコというよりも小さな版画ってご案内すると、すごくいいバランスで展示を見ていただける感じがするんです、「なるほど」って。ちょっと大きい世界と辞書のイラストのように小さくなった世界観っていう。

多分、この感じでしばらく自分の技術をまた磨いていこうかな、と思っています。

彼女は抽象的な概念を形にするのが得意だ

版画挿絵が生まれるまでの物語

――連載の版画挿絵ですが、テーマは与えられているのですか?

羅久井:私からの要望で、元村さんはこの2年間ずっと、毎月の絵のテーマを、というかヒントをくださっていたんです。「こういう挿絵を」というオーダーは一切なくて。今回の記事は例えば「震災11年の話です」とか、「遺族の方の話です」とか、それだけです。そこから自分でインスピレーションというか、自分なりに制作します。その段階では元村さんがどういう文章を書いてくるかはわからない。絵が完成した後にしかわからないので。絵のほうが先に出来上がるんです、いつも。

もしくは同時です。完全に同時進行。絵ができてから、それが合わさったゲラを確認させていただいて、その時初めて元村さんの文章を読む。「あ、ちょっとリンクしていてよかった」とか。

純喫茶巡りを趣味としている彼女に合わせて取材先を 椿屋珈琲店 銀座本店 にした

――まるで古風な貝合わせの遊びのような、あるいはジャズのセッションのような感覚ですね。

羅久井:毎回、そのちょっとリンクしている感じみたいなのが元村さんも気に入ってくださっているようで、あえてテーマとかを細かくおっしゃらないんですね。

連載はこれからも引き続き担当するので、本当にうれしく思っています。それが今年の4月から、新年度からは「もう、テーマは出しません」と元村さんはおっしゃったのです。

「もう完全に自由に描いてください」と。それがまた自分の版画制作の第2章が始まるのかな、と感じています。

元村氏は 挿絵の 制作を アーティスト の自由に託す。

羅久井:テーマやヒントは私からの要望で、それを聞き入れてくださっていたのです。元村さんは当初からずっとテーマなしで挿絵を描いてもらうことを考えておられたみたいで、「全然関係なくていいのよ」っておっしゃってくださいました。「もう、ここが自分のギャラリーだと思ってやってください」と。

最初から元村さんのスタンスは変わっていなかったのだ……。それを私が2年間、ちょっとだけ弱気な申し出、あるいはイラストレーターとしての癖のようなもので、「お題ください」って申し入れていたのですね。

お気に入りの作品とともに

羅久井:でも、2年間やっているうちにだんだんわかってきて。元村さんのイメージしているものというか、ずれ具合がわかってきたんです。

ずれて構わない、何となく自分も、それが「今はもうできるな」と思っていたタイミングで元村さんが「新年度ですし、もうお題は出しません」と。ちょうど、波長も合っていたというか。元村さんもそう思われていたんだなっていう。

筆者と読者、どちらにも寄り添う版画挿絵

――コラム「窓をあけて」で制作の難しさはありましたか?

羅久井:「窓をあけて」は元村さんが得意とする科学の内容がテーマだったことは一度もありませんでした。元村さんの経験をもってしても難しい時事問題、ウクライナのこととか、専門家の方とかにお話を聞いて勉強して執筆しているのだと知りました。元村さんご自身も、「挑戦だ」とおっしゃっていましたね。

人の悲しみの琴線に触れる内容ほど、包み込むような優しさを湛えるようにした。

羅久井:やはり生死に触れる記事が多かったですし、挿絵を見てあまりつらくならないように、心が和らぐような絵を心掛けていました。いろいろなシチュエーションを自分というフィルターを通して、自分のライブラリーからその立場の人たちに寄り添えるものはどれかな、みたいなのを試行錯誤して。何も知らない、わからないものについては、やはり描けないので、疑似体験に近いものを探して、自分の引き出しを一生懸命開けて、あれじゃない、これじゃないみたいに探して作品にこめていました。

そうしたことが結果的に作品のバリエーションにつながっているのではないかということを、多くの方におっしゃっていただいて、そのとおりだなって思っています。

――本展は台湾でも行われるとのことですが?

羅久井:初めて個展を海外で開いたとき、3年前にはほんの少し、ほろ苦い経験もしました。初めての海外個展だったのでおぼつかないところもあったし、大事な作品たちが会期中に届かないというつらい経験もしました。その時も多くの人に支えてもらって事なきを得ましたが……。

今回はそのリベンジで、初めて個展を開いたそのギャラリーでふたたび開催することになりました。このコロナ禍ですから、在廊することはかなわないかもしれませんが、それでも個展の開催を、首を長くして待ってくださっている方がいらっしゃるので。

初めて個展を開催した思い出の地でふたたび開催する

――今後の展望を教えていただけますか?

羅久井:連載中の「窓をあけて」は、第2章の自由テーマに突入しました。自分の中では一つ、テーマを持って、それに向かってこれから描いていこうと。もう実はあります、最初にもう迷うことなく「次はこれだな」というのがありますが、それは次の個展のお楽しみ、としておきますね……。

実は今回の個展も、この1回で終わるのはもったいない、というお話がありまして。次回の個展の予定もそうですが、西の方でも開催してほしいというお話もあったりするのです。この月光荘に匹敵するような、感じのよいところがあればいいな。

京都方面でギャラリーを探さないといけないなとは思っているのですが、いかんせん、そうした情報がなくて。ギャラリー探しは本当に大変なので、良い情報のご提供は本当にうれしいです。

 

インタビューを終えて……

取材したこの日は個展終了直前の金曜日とあって、仕事帰りに彼女の作品を観に訪れる人も多く、ひとりひとりにていねいに対応している姿がとても印象的でした。

“実るほど首を垂れる稲穂かな”の言葉通り、取材するたびにアーティストとして大きな成長を遂げている彼女には、おごったそぶりは全くありません。いつも通りフレンドリーで、出会った人のことを覚えていてくれる。その人柄の良さや育ちの良さが、作品にも個展にもあふれて、観る人の心を癒やしてくれます。

 

 

※参考

「科学のミカタ」 / 毎日新聞科学環境部 元村由紀子 (毎日新聞出版)

毎日新聞コラム「窓をあけて」

ナンスカ「懐かしい記憶の断片を刻むリノリウム ―羅久井ハナ」その1その2

 

※アーティスト情報

羅久井ハナプロフィール

ホームページ https://rakuihana.wixsite.com/japan/profile

Instagram  https://www.instagram.com/rakuihana/

X(旧Twitter)https://twitter.com/rakuihana

個展「窓をあけて」は6月4日から26日まで、台湾での巡回展が予定されています。詳しくは羅久井ハナさんのサイトをご覧ください。

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