針に、思いをこめて 刺繍家 hoshi mitsuki

掲載記事|ナンスカ

 

 

そこにある

目に見えない熱のかたまりが、そこにある。

 

これは刺繍家hoshi mitsuki(星 実樹:ほし みつき)さんの巡回展の告知カードに記された彼女の言葉です。その詩的な響きは心に迫るものがあります。それはこの異常なまでに非接触を求められる新型コロナ禍の中だからでしょうか。

彼女に出会ったのは2018年の春。3年越しに彼女のアトリエ訪問がかないました。新型コロナウイルス蔓延拡大防止に伴う1回目の緊急事態宣言で雲散霧消してしまった取材が今月ようやくかなったのです。

4月に初の関西での個展を控えているさなか、彼女は制作にいそしんでいました。巡回展とはいえ、新作も投入するこの個展は、2019年11月、東京は目黒にある金柑画廊で開催されたもの。テーマは「熱」です。初めて出会った時と同様、透明で聡明で静かな印象の彼女に、終わりの見えないコロナ下で創作活動について伺いました。

 

閑静な住宅街にある静かな住居兼アトリエ

アトリエ風景

3階建てマンションの角部屋、光が一番よく入る部屋が彼女のアトリエ。白い半透明のカーテンから自然光が入ります。整然としたお部屋に、アーティストのアトリエはこれが一般的なのかと思っていたら、この取材のため片づけたとか。とはいえ、活動初期のころの作品や原画など、希望すればすぐに出してもらえるほどきちんと整理されていました。

「糸は、今はアンカー社のものを使っています。シルクのつやというか照りが気になってしまって、できるだけマットな質感のものを使うようにしています。」彼女は白のオーガンジーやチュール、サテンなどの布にチェーンステッチもしくはアウトラインステッチで絵を描くというもの。枠も一般的な刺繍用の枠を使い、刺していきます。

作品の元になるスケッチ。

刺繍家として活動して8年、当初は紙に描いた絵を忠実に白い布の上に再現するという方法で世界観を表現していました。それこそスケッチを手に手芸店に向かい、スケッチに使った画材の色に一番近い糸を選ぶという感じ。その先は布に下絵をチャコペン(布に描くことができて、自然に消える顔料の洋裁用ペンシル)で描いて、糸でスケッチの線を再現するのですが、ここ数年は、スケッチはむしろラフ画となり、白い布に心の赴くままに刺すようになったと言います。

この新しい住まいとアトリエに越してきたのはこの1月のこと。それまでは早稲田に知人とアトリエをシェアしていました。アーティストとして活動している中で、気分転換や息詰まる感覚に見舞われた時など、雑多でカオスともいえる倉庫然とした早稲田のアトリエはある意味刺激があったようです。新しい住まいから少々遠いそのアトリエは、外出自粛もあり足が遠のいてしまったと言います。

コロナ禍の今、新しいアトリエで作品と一人対峙する日々。当初具象の中に「人」の気配を感じて描いていた作風はやがて感覚的に、抽象的になっていきます。
彼女の作品の変遷を見ていきましょう。

 

初期の作品――命の気配を人の顔で表す

初期のころの作品「あんず飴」。ひとつひとつに顔がある。

Hoshi mitsukiの作品と言えば、擬人的な表現。野菜や果物、日々の暮らしの中にある何気ない風景に人の顔を見出すというもの。シンプルなステッチでさらりとした線で描かれた顔は何とも言えずいい表情をしています。

それはやがて人の足やひじなどにも表れます。女性の膝小僧に顔。彼女の代表作である「おっぱいシリーズ」は、「おっぱい」そのものが豊かな表情を持つようになるのです。今回、それは手元にはなかったものの、そのころ作成していた不思議とエロティックな感じがなく、むしろアーティスティックなものへと変化していきます。

作品「肌」

 

リングピロー、Skin(スキン)の誕生――抽象表現への目覚め

彼女がこだわっているテーマは「血の通う温かさ」や「ぬくもり」ではないでしょうか。静物に人の顔を見出していた作風は、リングピロー「Skin」シリーズで具象から抽象へと移行します。

この作品が生まれたのは結婚式を迎える友人のひとことがきっかけ。ウェディングに使用されるリングピローは使用後、たいていは使われずに捨て置かれる存在。それを結婚後のモニュメントにしたのがこの作品。ウェディングの時にはリングをこの上に置き、使用後は額たてに添えるだけでオブジェになるという仕掛け。

作品「生きている肌」

人の皮膚の下にある血管を思わせるランダムな刺繍。オーガンジーから透けて見える糸の始末も独特。あえてわざと長く糸を切り、無造作に置いておくのです。それがまるで毛細血管のようで、流れる血液の温かさを連想させます。人と人とが結ばれる厳かな儀式にふさわしいものと言えますね。

 

今ふたたびの巡回展「そこにある」――コロナ禍だからこそ意味のある作品群

2018年、金柑画廊で開催された個展「そこにある」は、彼女のこだわり続けている「人の体温」「ぬくもり」「命の気配」を斬新な形で表現したものでした。彼女の作品の風合いを生かした展示とは、額装にこだわらないこと。柔らかな布が風にそよぐよう、ポールに作品を緩やかにかけて展示するというものでした。

個展の案内にある彼女の言葉の中にある「熱のかたまり」「ほてり」をダイレクトに血の赤で表現するのではなく、サーモンピンクで表現しています。ある時はたぎるように、ある時は緩やかに流れるように、ある時はやわらかく包み込むように、心の赴くままに布にステッチしています。

「針から思いを布に落とし込んでいる」と例えられたことのある彼女の作品。彼女自身もなぜこんな手間のかかる作業をしているのだろうと自問することがあるそうです。スケッチを糸におこすこと、それが生きているという感覚につながるとも。

テーマや作品のモチーフはどこから生まれるのか―――それを最後に聞いてみました。彼女は日々の暮らしの中で心に浮かんだ言葉やイメージをすぐにかき留めておけるよう、いつもメモを手元に置いているとのこと。そうでないと消えてしまう。彼女の作品ははかないもの、目に見えないものをしっかりと実感し、目に見えるものにする作業なのかもしれません。

 

 

クリエイター情報(2021年3月13日時点)

hoshi mitsuki(星実樹/ほしみつき)

公式サイト https://www.hoshimitsuki.com/

Twitter https://twitter.com/pippipipi_742

Instagram https://www.instagram.com/hoshimitsuki_artwork/

 

hoshi mitsuki個展「そこにある」

2021年4月10日(土)~18日(日)※土・日曜日のみ開催

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